京都平安道場

(旧大日本武徳会京都支部武徳殿・通称北野武徳殿)

の歴史のあらまし

 
 

 旧大日本武徳会京都支部武徳殿(平安道場)は、大正3年(1914年)2月11日(水曜日)の紀元節に大正天皇の即位を記念して落成しました。

 当時、武道振興を目的として、市民の浄財を募り、敷地915坪・本殿建物324坪・和風の木造建築で建立され、岡崎の本部武徳殿をしのぐと評されていました。

 終戦までは、大日本武徳会京都支部として、地元の武道家らが広く使用しており、毎年5月に開催される武徳祭大演武会期間中三日間などは、右武会(錬士以上の剣道家による全国組織)主催による稽古会が行われるようになっていました。

 戦後は、平安道場と呼ばれ警察の管理のもとに使用されていましたが、昭和22年(1947年)、青少年の健全育成の警察目的から一般にも開放され、これを機に「平安道場青少年柔道愛好会」が結成され、柔道稽古が始まりました。

 その後、昭和33年(1956年)、森田鹿蔵範士の尽力により、平安道場での青少年に寄る剣道稽古が復活することとなり、森田範士の指導のもと多くの青少年が剣道稽古に励むこととなりました。

 昭和50年代になり、森田範士が、京田辺市に「鹿志館道場」を建設されたことから、平安道場では警察本部教養課(武道指導室)において、剣道指導室の先生方により、警察本部道場として、青少年剣道の指導を続けることとなったのです。

 その後、建物の老朽化に対して、補修などをしながら稽古を続けていましたが、平成12年(2000年)に至り、平安道場の老朽化が著しく進み、雨もり等も激しくやむを得ず道場を閉鎖することになりました。そして、これを機に警察本部教養課と西陣警察署長(現上京警察署)が協議した結果、西陣警察署三階剣道場(柔道場では柔道稽古)において、従来通り「京都平安道場」として稽古を続けることになったのです。

 そして、現在は、道場長を安部彰男教士七段とし、指導者一同、基本を中心とした正しい剣道を身に付けるための指導に当たっているのです。

 なお、平安道場の建物は、青蓮院が買い取り、解体が終わり、将軍塚へ移転する予定になっています。

 

 
 
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